相場や株価が値上がりまたは値下がりした後に、結局はもとの水準まで逆戻りしてしまうことです。 1日の株価の動きのなかで起こったときに使うことが多いですが、1日に限らず、一定期間でこうした状態になった時にも使われます。 【例】 寄りは高く始まったが、結局往って来いで、前日比変わらずで引けた。 外国為替のミハイル・ゴルバチョフ書記長と会談するロナルド・レーガン大統領。この2年後となる1987年には、INFが両者によって調印された。第二次大戦後、すぐに始まった冷戦による共産主義への脅威を受けて、一時ジョセフ・マッカーシー上院議員らに主導された赤狩り旋風(マッカーシズム)が巻き起きた。 冷戦においては、ソビエト連邦を盟主とする共産主義陣営に対抗する資本主義陣営の盟主として、西ヨーロッパ諸国や日本などに経済支援や軍事同盟締結などで支援し、朝鮮戦争、ベトナム戦争、グレナダ侵攻など世界各地の紛争に積極的に介入する。核兵器の製造競争などもあり、ジョン・F・ケネディ大統領の時にソ連との間でキューバ危機が起こるなど、核戦争の危機も度々発生した。 それは一般に「自由と民主主義の保護」を理念として掲げていたが、単純な国益追求が実質的な目的であった。場合によっては実際の実力行使が理念と矛盾する事態すら引き起こし、特にベトナム戦争への介入は西側、東側諸国を問わず世界的に大きな非難を呼び、あわせて国内世論の分裂を招いた。また、「反共産主義的」であるという理由だけで、アジアやラテンアメリカ諸国をはじめとする世界各国の右派軍事独裁政府を支援したり、特にラテンアメリカ諸国の軍人に対してはパナマの米州学校で「死の部隊」の訓練を行なったりもした。こうして育てられた各国の軍人は母国で右派クーデターを起こし(アルゼンチンでフォークランド戦争を起こしたガルティエリ将軍など)、それらの国の国民に対して政治的不安定と貧困を与える結果となった。 ヤルタ会談の連合国首脳1939年9月にヨーロッパにおいて開戦した第二次世界大戦においては、1941年12月の大日本帝国(現在の日本)による真珠湾攻撃の後に、イギリスやソビエト連邦、中華民国やオーストラリアなどが中心となって構成された連合国の一員として参戦した。しかし主な戦場から本土の距離が離れていたために、日本海軍機によるアメリカ本土空襲などの、数回に渡る日本海軍による西海岸への攻撃以外には本土に被害を受けることなく、事実上の連合諸国への軍事物資の供給工場として機能し、併せて日本やドイツなどの枢軸国との戦闘でも大きな役割を果たした。 1965年から1975年の10年に渡り行われたベトナム戦争における事実上の敗退前後には、深刻な麻薬汚染とそれがもたらした治安の悪化に悩ませられるようになった。また、石油ショック以降の原油の値上がりによって基幹産業の1つである自動車産業などが大きな影響を受け、1970年代以降は日本などの先進工業国との貿易赤字に悩ませられることとなる。 FXに入ると、日本との貿易摩擦が表面化し日本製品をホワイトハウス前で議員がハンマーで叩き壊すという現象(ジャパンバッシング)も生まれた。近年は、中華人民共和国に対する貿易赤字が膨張している他、インドなどへの技能職の流出が問題となっている。 1990年代以降、ソ連崩壊によって冷戦構造が終結すると名実共に唯一の『超大国』、『覇権主義国家』となり、「世界の警察」を自認した。その後も日本、韓国、サウジアラビア、ドイツなど国外の戦略的に重要な地域に多くの米軍基地を維持し続け、パナマ侵攻、湾岸戦争など各国の紛争や戦争に積極的に介入した。特に中東地域においては、ユダヤ系アメリカ人、イスラエル系ロビイストの影響力により露骨にイスラエル寄りの姿勢を保ち、中東のアラブ系、イスラム系国家の国民から多くの反米感情を買うことになった。 FXのグローバル化に伴い冷戦時代に軍事用として開発されたインターネット・ITが民間に開放され爆発的に流行した。1992年からの民主党政権下ではITバブルと呼ばれる程の空前の好景気を謳歌した。 一般に、テロ支援国家と言えばアメリカ国務省により発表されている「Patterns of Global Terrorism」に記されている、北朝鮮、シリア、スーダンなどの国家を指すが、実はアメリカ自身も積極的にテロリストを支援している国家と言われる。アメリカによるテロ支援は、主にCIAにより秘密裏に実施されていると言われ、実際にCIAによりテロ活動の教育を受けたと言う報告もある。なお、アメリカ政府は自身が支援している武装集団に対しては「テロリスト」と呼ばず、「自由の戦士」などと呼ぶ[要出典]。 FXは「世界最大の武器商人」と呼ばれ世界の紛争地域において、死の商人などを経由してテロリストへの武器供与などの間接的なテロ支援を行っているという指摘がある。事実、世界の紛争地域で使用されている突撃銃の中にはアメリカ製であるM16が見られることもある。 アメリカ同時多発テロ事件21世紀になったばかりの2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロ事件を境にして、アメリカのみならず世界の情勢は劇的に変化した。各国間の関係にも大きな変化がおこるきっかけとなり、ブッシュ政権はイラン、イラク、北朝鮮を「悪の枢軸」「テロ支援国家」と名指しで非難し「テロとの戦い」を宣言する。2001年10月、ブッシュ政権は同時多発テロを引き起こしたとされるアルカーイダをかくまったタリバン政権を攻撃するためアフガニスタン侵攻を開始した。その後、イラクをテロの支援国とみなし、2003年3月イラク戦争に踏み切ったが大量破壊兵器の破壊ではなく「石油を狙った侵略行為にすぎない」と批判する声が多くあったが、現在も“アメリカの死活的利益擁護のためには武力行使を含むあらゆる手段を選択する”と宣言している。 冷戦時代のアメリカはラオス、アフガニスタン、キューバ、ニカラグアなどで主に反共闘争を行う軍事組織に対しての直接的または間接的な支援を実施していた。特にニカラグア内戦でのコントラ支援は有名であり、イラン・コントラ事件という汚名を残すことになった。皮肉にも、アフガニスタンで米国が支援していたムジャーヒディーンの一つが、後にアメリカ政府にとっての最大の脅威となるテロ集団アルカーイダである。冷戦終結後もアメリカの経済的な利益を目的としてフィリピン、パナマ、ハイチ、ベネズエラ(2002年)などで、反米政権に対するクーデターの支援などが行われたと言われる。